本格的惑星大気探査時代への覚悟
(Original: 1992 for Goudou-Taikai)
(Updated: 8 November 1996)
他惑星大気の解明,
あるいは地球を含む惑星大気の統一的理解が来世紀の大テーマになるであろうことは,
多くの大気科学者が予感する所である.
本講演では,
筆者の僅かな知識と経験(その大部分は金星下層大気探査に関わるもの)を頼りに,
下記の3つの点について時間の許す限り考え,
大気科学において惑星探査の比重を高めるための覚悟をして置きたい.
1. 科学的意義
純粋な科学的興味というものが未知への憧憬であるとすれば,
惑星はまさに科学的研究対象として相応しいものと言える.
惑星大気の組成(化学・歴史)に関する知識・理解は,
近年の地上あるいは地球周回軌道上の観測技術の発展によって進展しつつあるが,
大気運動・力学に関する知識はやはりもっと対象の内部に入り込まないと,
何回も何回も潜り込まないと何も本質的にはわからない.
特に金星や木星型諸惑星を包む濃密大気の動態,
それらを含め一般に大気の巨視的運動が惑星システム全体の進化あるいは
(準)平衡状態の維持に果たす役割,
引いては宇宙における物質のあり方の一つとしての惑星大気の統一的理解という,
物理学的に極めて興味深い研究対象を我々は手に入れられない.
2. 技術的実現性
惑星大気内部に入り込むためには,
地球とは全く異なる環境の大気中を飛翔する気球や飛行機の開発に加え,
大気の底で頑張る無人観測所の建設が必要である.
特殊な材料,
それを用いた航空および通信技術,
それらを長時間維持するためのエネルギー源など多くの問題があるが,
金と時間と(極めて広範囲の科学技術諸分野から選りすぐりの)人材が
もし揃うなら原理的に越えられない壁ではない.
しかしそれが揃わない限り達成できない計画であり,
それを揃えるためには現在の中小企業的研究者集団からの脱却はもちろん,
かなりの国家的あるいは国際的支援が必要となることも確かである.
3. 社会的許容度
近年の地球環境ブームに限らず,
農林漁業から観光・防災・軍事に至るまで,
大気の科学は人間の生活(現状の地球の状況がさらに深刻化すれば「生存」)
環境の理解と予測を大義名分として喰いつないできた.
他惑星の現状が人類移住に絶望的である以上,
資源開発や探検くらいしか社会的に広範な支援を得づらい.
このような孤独な立場を大気科学が乗り切って行けるか否かは,
結局は純粋な科学的情熱でもって「平和の遺産」を喰いつぶさせてもらうことに
ついての,
それこそ地球規模での社会的合意を獲得できるか否かにかかっているようである.
以上のように考えてみるとき,
本格的惑星大気探査へ踏み出すことは,
大気科学にとって色々な意味で大きな転換点であることは疑いない.
しかし筆者は,
惑星探査という一事業,
大気科学という一分野に限らず,
あらゆる科学技術の分野が近い内に転換期を迎えるような予感がしてならない.
まずは自分自身が本当に科学的に面白いと胸を張れる研究テーマの抽出・集約を,
時間の許す限り真剣に考えてこの歴史的転換期に備えたい.
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