ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て地球の重力(万有引 力)を発見したという。もしリンゴが木とバネで結ばれていたなら、 重いリンゴほどバネは伸び下方にぶら下がるが、これはリンゴと地 球の間に重力と言う別の目に見えないバネがあり、重いリンゴほど 地球に近付くよう引張っているのである。重力のため大気(空気) はより重い海洋(水)の上にあるが、両者の境界(海面)にもし何 かの原因で起伏が生じると、ちょうどバネの先のリンゴを手で上下 させたと同様に振動する。これが「 重力波 」である。 ニュートンに遅れること百年、 日本の浮世絵師 葛飾北斎 は冨嶽三十六景の一枚として、 最近では公共広告機構のテレビCMでもお馴染みの、 神奈川沖浪裏の図を描いた。 この浮世絵は、 巻き波が白波を乗せて崩壊する「砕波」現象を正確に描いた 世界最初の図である。
大気内部も重力で下ほど濃いつまり重い構造であるから、気流が 山にぶつかって持ち上げられると、風下側に重力波が生じる。この 気流の起伏はそのすぐ上の気流にはあたかも山のように働くので、 重力波は現実の山頂よりずっと上まで伝わる。下層の湿った大気で は気流が上昇する所に雲ができ、重力波は雲の列として目で見える。 しかし乾いた、つまり晴れた所にも重力波は伝わり、しかも砕波す る。これがかつてパイロットに恐れられた「晴天乱流」で、多くの 航空機事故を契機に研究が飛躍的に進んだが、極めて局所的に出現 するため観測は常に困難であった。このような現象は実は航空機が 飛ぶ高度よりずっと上にも存在し、大気を常に混ぜ合わせている。 約20年前にテレビに使っているような電波が乱流で微弱にはね返 されること、つまり重力波砕波乱流が電波で見えることが発見され、 84年に京都大学が滋賀県信楽町に建設した「 MUレーダー 」に代表される新しい観測法の道が拓かれた。
日々の天気予報の基本は雲や低気圧や台風を押し流す気流の変化 を予測することに尽きるが、大気中の目に見えない山である重力波 は気流にブレーキをかけたり向きを逆転させたりするので、これを 無視しては天気予報は当たらないし、地球環境変動予測など夢のま た夢である。これまでの観測や研究に基く重力波の効果は、既に気 象庁のコンピュータ予報プログラムにも取り入れられ、実際それ以 前と格段に精度を向上させている。しかしレーダー観測点などはま だ少なく、また山だけでなく雲や低気圧、それに重力波自身も重力 波を生むことがわかっており、これらの把握はまだまだ不完全であ る。限られた観測手段を如何に有効に用い、断片的な観測から如何 に地球大気全体に適用できる法則性を導き出すか。至難であるが、 科学者として真に挑戦しがいのあるテーマである。
重力波砕波乱流には雲を作る対流と似た側面があり、実際に近年 は重力波観測用レーダーが、雲やその集団である台風などの研究に 応用できることがわかってきた。また重力波は海洋や他惑星の大気 (例えば一昨年の彗星衝突直後の木星の雲の穴の周囲)にも普遍的 に生じる現象であるから、重力波やその砕波乱流の現われ方や強さ を、気温や気圧のように大気の基本的な観測量として記述し、法則 性を見出すことにより、地球大気はもちろん海洋や他惑星大気の成 立ちや変動を統一的に論じたいと私は考えている。
このような視点で研究を進めるために真先にやらねばならないの は、地球大気全体をカバーする観測の展開、特に未知の多い 赤道域インドネシア での観測の蓄積である。 先輩・同僚による超大型レーダー建設計画の立案や、 その前駆段階としての小型レーダー・気球観測の開始と並行して、 私自身は友人たちとともに4000地点に及ぶ 雨量観測などの既存気象資料を収集・蓄積して解析しつつある。雲 と雨は常夏の赤道域下層大気を変動させる最も重要な現象であり、 雲が重力波を上空に叩き出したり、逆に重力波が雲を適当な間隔で 配列させたりもしているらしい。そして雲の集団の配置が、エルニ ーニョ現象など地球大気・海洋全体の変動を生むらしい。そのあた りに迫りたい。